本日は安息日。航海中の飲料水について調べてみる。
今回の航海で最初から、清水をどう確保するか大問題であった。マリーナがある水域では問題ないが、長期航海なら尚更である。水タンクをいっぱいにし、小型ながら造水機を設置し、かつ、洗い物は基本的に海水を使い、濯ぎだけを清水で、かつ、一度使った洗い水をためておき再度使っていた。当然、シャワーは三日に一度しか使えない。
ただし、一ヶ月程度の貯蔵では水は腐ることは無い。この点安心であった。これは不思議と思われるが、陸上で静置していると一週間もたてば水は腐ってくるが、常に揺れている船の上では結構長持ちするのです。
然しながら、大航海時代は三ヶ月以上も無寄港で航海するので”清水の確保”と”水の腐敗”が大変であった。造水設備が無かった時代だから、島に立ち寄って清水を確保するしかなかったであろう。(ついでに、生鮮食料と燃料も)
長期に無寄港航海をしていると当然”水の腐敗”が問題になってくる。藻が発生し、水がぬるぬるしてくる。当時は対策として、その水にビールやワインを入れて口に合うよう甘くしたそうだ。17世紀中旬からラムが代わりに使われるようになったが、強いラムを数日ためておき一気に呷る船員が出てきて、健康問題やいざこざの原因となってきた。1740年8月21日にヴァーノン(Vernon)提督(中将)が、水で薄めたラムを供給するよう命令を出した。水4に対しラム1の割合で、この習慣が2世紀もイギリス海軍で続いた。この飲み物を「Grog(グロッグ)」と呼ぶようになった。正午と各自の労働時間が空けたとき支給されていた。
語源はヴァーノン提督が甲板でいつもGrosgrain Cloth(絹毛混紡のマント)を羽織っており、「Old Grog」とあだ名された。このあだ名が飲み物のあだ名にもなったようだ。
基本はラムの水割りだが、ほかの国では多少違った定義があるようです。
水、砂糖とナツメグを混ぜたラムは、バンボーとして知られていて、海賊と商船でより人気がありました。
現代のGrogは、ラムのお湯割りが基本となっている。味覚を改善するために、レモンジュース、ライムジュース、シナモンまたは砂糖を入れることもあります。
ヴァーノン提督は壊血病の対策でも貢献しています。
彼は悪くなった水の対策として柑橘類(ライムかレモン・ジュース)を入れることにした。当時理由は分らなかったが、船員の健康状態(壊血病)がほかの船の船員に比べて大変良いことが分りました。以降、イギリス船員はライムを飲むことからLIMEYSとあだ名されるまでになりました。
壊血病の原因を指摘したのは1753年イギリス海軍省のJames Lindoで船員の全てに新鮮な野菜や果物を可能な限り供給し、特に柑橘類を何らかの方法で摂取することを強く要望した。直ちには実行されなかったが、有名なJames Cookが南太平洋の一回目の航海(1768~1771)にリンドの提言に基づき、ザウアークラウト(塩漬けキャベツ)を大量に積み込むとともに、南太平洋の島々では、新鮮な野菜と果物を積極的に購入した。結果、航海は三年も続いたにもかかわらず、一人も壊血病を発生しなかった。イギリス海軍省は柑橘類の一種であるライム・ジュース、オレンジ・ジュース、ザウアークラウトのいずれかまたはその全てを乗組員に摂取させるようした。最終的にはオレンジジュースは保存の問題で除外されることになったが、これで200年も船員を悩ましてきた壊血病が解決されることになった。